人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)
人穴富士講遺跡(ひとあなふじこういせき、静岡県富士宮市)は、富士講の開祖とされる長谷川角行(かくぎょう)が修行し、入滅したと伝わる溶岩洞穴「人穴」と、その周囲に広がる碑塔群から成る国指定史跡であり、ユネスコ世界文化遺産「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産です。
最大の特徴は、洞穴入り口付近一帯に整然と並ぶ 200 基以上の碑塔群です。これらは全国の富士講信徒が先達供養や登拝記念として江戸時代から昭和期にかけて建立したもので、庶民にまで爆発的に広がった富士講の熱気を今に伝えています。
人穴は、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』(1193 年条)にも源頼家の命令で仁田忠常が訪れた場所として記され、また古来「富士山の神仏が居る場所」として崇敬されてきました。長谷川角行はここで断食行を行い悟りを得たとされ、その後の富士講発展の中心聖地となりました。
現在、洞穴内部は保存管理のため立ち入りが制限されていますが、苔むした碑塔が静かに佇む景観は、浅間神社とは異なる独特の精神性を感じさせ、庶民信仰が培ってきた深い歴史を物語っています。